キミチョコ。慌ただしくリンドブルム艇内を兵たちが駆け回る。
事件ではない。
いや、事件にも等しいほどの大事なのかもしれない。
「大尉、どうするんですか…これ…」
部下のひとりがおろおろとその原因となっているものを指さして言う。
「どうするつっても…」
さすがにこれはとリグディも頭を抱えた。
「やベ、頭痛くなってきた…この匂いのせいか?」
リグディ達の目の前にあるのは山のように積まれた箱。
中身はすべて同じものなのに、どれも丁寧にラッピングやらリボンやらが施され色とりどりだ。
「全て准将宛てです…」
「毎年懲りないねー…女ってのは」
「バレンタインデーですからね」
そう。バレンタインデーである。
毎年決まってこの日、シド宛てに大量のチョコが届く。
その数はおそらくリンドブルム内に居る人間たちより多いのではないかというほど。
リンドブルムは長期間にわたって飛空し続けているため、シドはめったに地上に降りない。
降りるとすれば聖府の要人たちと会う時くらいか。
なので、こうしてリンドブルムに届く。
「胸やけする…」
箱に入っているにもかかわらず、漂ってくるチョコレートの甘い香りで艇内は包まれる。
「大尉、どうするんですか?こんな数、准将だって食べ切れませんよ」
「分かってるってそんな事、こんなに食ったらまんまるになっちまう」
「俺、准将がまんまるとか嫌です…」
周りの部下たちも同時に頷く。
「俺もだ。太るなんて許さねぇー」
「何を許さないんだ?」
その声に誰もが振り返った。
「じ、准将…!」
リグディ以外の全員が敬礼した。
「准将宛てのお荷物です。どーします?お部屋に運びましょーか?」
リグディの後ろには山のように積み上げられたチョコ。
「いいや、ここでいい」
シドは半ば呆れ気味にその山を眺めた。
「まったく、よくモテるお人ですね。羨ましいです」
「…」
ちょっとムッとしたようにシドが黙ったのでリグディは慌てて話をそらした。
「で、どーします?こんな量、食い切れないでしょ?」
「毎年の事だ、皆にあげるよ」
(いや…貰っても…)
なんだか切ない気持ちになる部下たちの事など知るよしもないだろう。
「そりゃどうも。美味しく頂くとします」
リグディが言うと。シドはくるっと振り返り行ってしまった。
「…ったく、後で部屋行くから待ってろよ…」
と、小さくなっていく背中にリグディはぼそっと言った。
「大尉、いいんですかね?これ…中にはお偉いさんのお嬢さんからのもあるんですよー?」
「どうせあの人の事だ。お返しなんてしないだろ?いいさ、食っちまえ」
そう言い残して、シドの後を追いかけて行った。
「入りますよー。准将―」
部屋に入り、中を見回す。が、姿が見えない。
(居ない…?いや、気配はあるし…)
ふと、部屋の奥にあるベッドに目がいく。
天蓋が付いているので中は見えないが、どうにもあそこだ。と、リグディは近付く。
「准将、気分でも悪んですか?」
中を見ればベッドの上で蹲っているシド。
「…」
「休むなら着替えた方がいいですよ。その服じゃ休めない」
「…」
無視し続ける。
「はぁー…あんた本当にチョコ苦手なんですね」
山のようなチョコも、シドのチョコ嫌いも毎年の事だ。
「知っててああ言うとは君も意地が悪い…」
そこでようやくシドが言葉を発した。
「すいません」
「…毎年あんなに…いや、年々増えている気がする…」
(男からすれば夢のような話なのになー…)
リグディが聞いたところによれば、シドのチョコ嫌いは昔かららしい。
幼いころから毎年、食べきれないほどのチョコを貰っていたらしく、夢にまでチョコのモンスターが出てきて相当嫌いになったらしい。
聞いた時は何て可愛いんだこの人はとも思ったが、あの山のように積み上げられたチョコを初めて見た時なんとなくその気持ちが分かった。
「シド、こっち向いて…」
ギシッ…と。名前を呼んでベッドに乗り、蹲るシドを覗き込む。
「ぁ…」
シドが顔を向けると、目と目が合った。
「部下たちがぜーんぷ綺麗に食ってくれるからさ、チョコくさいの少し我慢してくれよ」
「リグも食べてもかまわないが…」
「ああ、俺?俺は食わないぜ?」
シドはきょとんとした顔でリグディを見た。
「…チョコ、嫌いだたったか?」
「いーえ」
と、首を横に振って見せる。
「キスする時、シドに嫌がられそうだから食わない」
そう言ってシドに口付けた。
「…!」
目を丸くするものの、そのまま目を閉じてリグディの首に腕をまわした。
「…それに俺、チョコよりシドのほうがいいし」
「…え?」
「チョコより甘い」
そう言ってまた口付けた。
チョコより甘い2人の時間は、まだ始まったばかり。
*****
毎回なんですが、締め方が微妙ですいません。
あ、はい、バレンタインですね。
シドたん、バレンタインチョコ相当貰ってそうだなというイメージ。
まんまるなシドがちょっと見てみたい…。
「准将、それ転がった方が速いですよね」みたいな(笑)
リグはちょっと余計なこと言っちゃうタイプ。
で、すぐ折れるタイプ。
というか、リンドブルムっていつ地上に降りるのかな?
燃料だの食料だのどうしてるのかな…と。しかし、いろんな面で技術が発達しているので降りなくてもやっていけそうな感じ。シドのお家ってどんなんだろ…。うーん、でもリンドブルムが家みたいなもんなのかしら。家はあってもめったに帰んないというか帰れなさそう。いろいろ分かんない(沈)
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